見たこともない文字が並んでいた。なんだこれは。ヒゲは混乱した。
さっきまで船の中ではみんながヒゲの知っている言葉で喋っていたのに、
いつの間にか、まわりにいるだれもが、ヒゲの知らない言葉で喋っていた。
酔っ払いのサラリーマン、秘密話をしている若者、電話をするOL。
笑ったり、怒ったり、無表情だったり、
ヒゲのよく知るワタシやワタシの友だちとさほど変わらぬ顔立ちの者もいれば、
ヒゲがあまり見たことのない皮膚の色や目鼻のつくりのものたちもいた。
どこか、みないじわるく、ヒゲをはめようとしているように見えた。
ヒゲは心細くなった。
そのとき、ヒゲは、呼ばれたような気がした。
振り向いた。そこに、マユゲがいた。
ヒゲは目をうたがった。彼女はたしか。
ヒゲがじろじろ見つめる目をまっすぐにマユゲもヒゲを見ていた。
マユゲに見つめられていることに気づきヒゲはどぎまぎした。
ヒゲにとってマユゲは憧れの存在だった。
生まれたときからワタシとともにいたマユゲ。
ヒゲとおなじでなんのために存在するかはっきりはしないが、
ワタシという存在の印象を決定的に左右させるマユゲ。
見上げるとそこにはいつもマユゲがいた。凛としてそびえるマユゲ。
マユゲはいつもヒゲにやさしく微笑みかけているように見えた。
マユゲはワタシと分かちがたく結びついていたはずだった。ヒゲよりもずっと。
それがなぜ遠い異国の地にいるのだろう。
ヒゲが静かに混乱をしているとマユゲは近づいてきた。
ヒゲは焦った。ヒゲはマユゲと話す心の準備は出来ていなかった。